
アメリカ北東部、地図にも載らないような小さな町が、私の渡米先でし た。 そこは主人の実家。 心理学を勉強してカウンセラーになることを目指していた私は、 帰国を一年後に控えた主人より先にアメリカへ渡り、 大学へ通うことにしました。 2002年1月、アメリカ北東部の冬は摂氏マイナス15度まで下がる、寒い所でした。
「石橋を叩いて渡る」程に心配性の私は、渡米前に十分な英会話の訓練を積んだつもりでいました。 渡米に必要な準備はコミュニケーション能力だけだと錯覚していました。 しかし、何より大切な心構えは、風土の違いでした。 人々の生活様式と大陸の気候はアジア人の私には大変厳しいものでした。

渡米して一週間も経たずに、気管支炎にかかりました。 平均体温の高い白人の生活様式は、アジア人の私には大変厳しいものでした。 ベッドにかけるものは薄手の毛布とキルトだけ。 田舎のデパートで売っている羽根布団は全てキルト並みの薄さでした。 体調を整えようと、出来る限り寝床で休養を取る私は、田舎の人々に「怠け者」と見られました。 この地では、体調を崩した時には「シャワーを浴びて、すっきりとした気持ちで元気を振り絞る」、 それが風邪と戦う方法だといわれました。 弱った身体をいたわる為の私の生活習慣は、 そこでは愚かな行為と見なされることに動揺しました 。
咳と喉、胸の痛みが続く状態で、田舎の私立大学での授業が始まりました。 生徒も教師もほぼ白人の大学は、アジアに関心を持つことはありませんで した。 それどころか、「アジアでは、10代の子供が親と布団を共にしてい るのではないか、そうなのだろう?」っと、児童心理学の授業中に教授に質問されるなど、私の存在が何度か教室内での笑いの種となることもありまし た。 ここには私の存在を受け入れてくれる隙間もないのか、と恐ろしくな ると同時に、子供の頃に受けたイジメの記憶が蘇ってきました。 自分ではどうすることもできないあの孤立感と孤独感を大人になって再体験する悔しさは、言葉に出来ないほどでした。

精神的にも体力的にも限界にきていました。 カウンセラーを目指して渡米した自分に精神カウンセラーが必要だと思う程、 心身ともに弱っていた頃、いつも遠巻きに私を見ていてくれる存在に気が付きました。 それが、主人の実家にいた猫カーリーンでした。
猫を抱いたことも触れた経験もなかった私ですが、 カーリーンの瞳は私を値踏みしない唯一の存在だとわかりました。 カーリーンだけは、私が愛情を注ぐ程に、かわいらしいしぐさで私の心を和ませてくれました。 私の肌の色がどうであろうと、私の話す言葉に癖があろうとも或いは外国語であろうとも、 彼女は私の存在そのままを受け入れ接してくれる唯一の存在でした。 初めての猫との暮らし。 それは、私のアメリカ生活の拠り所になりました。 それまでの私の生活に欠けていたもの、それは動物との関わりだとも思いました。 そして動物達の素晴らしさを知らずに過ごしてきた私は、なんと無知であったかと反省しました。

こうして、私の興味は心理学で学ぶ人間よりも猫に向けられるようになりました。 ホームステイ先の義理の両親との会話も動物が中心となるにつれ、彼らの動物への愛情と知識の深さ、 そしてそれが先祖代々受け継がれているものだということに感心しました。 田舎の質素な生活においても、動物が加わることで家庭生活に優しさや思いやり、 そしてユーモアが加わることを彼らの話から伺うことができました。
アメリカ人といわれる人¹の歴史をさかのぼってみれば、私のような「異邦人」が集まり大きくなった国。 希望を抱いて大陸へと渡った彼らの先祖には、私と同様の体験をし、動物に癒された人々も多かったのではないでしょうか。 そして、こうした背景が人々の動物愛護への関心の高さへ反映されているのではないかと想像しました。

日本では猫とも犬とも暮らしたことがありません。 動物を飼うにあたり、日本では何が常識なのかも知りません。 ただ、日本に住む猫も、アメリカにいる猫とかわらないはず。 ペットが幸せに暮らせる社会の実現は、 物の豊かさを越えた「心の豊かさ」の指標となるのではないかと思いました。 動物に関しては素人の私ですが、 ここアメリカにおいて動物愛護・福祉に関係した取り組みで素晴らしいと思う情報を書き綴りたいと思い、 ホームページを創るにいたりました。
辛い時に私を励ましてくれたカーリーンと、今ここで私の毎日を明るくしてくれる3匹の猫、 そしてその兄弟でもある全ての猫たちが、私の祖国日本でも大切にされているように、 彼らに思いを寄せて、「猫に寄せて」を続けたいと思います。
H. W. Elliott
¹アメリカには、移民以外にも、奴隷として強制的につれてこられた人や、土地を奪われた原住民の人達もいますが、ここではアメリカ北東部に移民し長く住む人々を指してこのように表現しました。 |